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珈琲の香りでよみがえる淡い記憶。何気なく仕事の合間に飲むときも、喫茶店でくつろぎながら飲むときも、あの人にとっては特別な瞬間だったのかも。
今回は、新川崎で障がいのある人たちのアート活動を支援しているNPO法人studioFLAT理事長・大平暁(おおだいらさとる)さんにお話を伺いました。武蔵小杉のタワーマンションにアーティストの作品を定期的にお届けするサブスクリプションサービスも展開していたという大平さんの活動とは・・・?
知的障がいのある人たちのアート活動を支援する川崎市幸区の生活介護事業所。障がいのあるなしに関わらず、皆の魅力を最大限に引き出して社会貢献に励み、特別な呼称がないFLATな社会を目指しています。障がいのある人たちのアートによる共生、経済的な自立を支援しながら、「障がい者アート」などの特別な呼称をされない社会をSDGsのゴールを目指し推進しています。
恋人が毎日飲んでいた珈琲
――(編集部)さっそく珈琲にまつわるエピソードについて伺いたいのですが、大平さんは珈琲があまりお好きじゃないとか・・・?
大平:いまは好きですよ。笑 でも、昔はミルクや砂糖がないと飲めませんでしたね。
妻が近所の美味しい珈琲豆屋さんで豆を買って、毎日珈琲を淹れて美味しそうに飲んでいたのを見て、「美味しそうだな」って思うようになったんです。まだ結婚する前の話ですが。
――(編集部)奥様の影響で珈琲が飲めるようになったんですか?
大平:そうですね。何というか、安心感ですかね。信頼のある人と安心して毎日を過ごせていて、自分のことをわかってくれてる人が美味しそうに飲んでるっていう安心感。それで少しずつ飲み始めました。
今では、毎朝自分で珈琲を淹れて飲むっていう習慣が結構大事になってるかもしれません。
作品を昇華させるお手伝い
大平:こういう仕事をしていると、福祉の勉強をしていたのかと思われますが、自分は美術をやっていたので、活動を始めた当初は全然何もわかりませんでした。
ちょっと前まで、障がいのある人たちのアート活動は他の人が手を加えちゃいけないとか、そのままじゃなきゃいけないみたいな、何となくそういう空気感もあったんです。でも、アートって1人でコツコツするものじゃなくて、人の関わりの中でアドバイスをもらったり師匠がいたり、色々な関わりの中で作品ができるものじゃないですか。
だから、そんな中で彼らだけ1人ポツンとやんなきゃいけないよっていうのおかしいなって思ってサポートを始めたんです。
――(編集部)印象に残っている出来事はありますか?
大平:以前、漫画新聞みたいなのを書いていたアーティストがいて、自分がペン入れをするアシスタントみたいなことをやっていました。その方はこだわりが強くて、私が書く線が彼のイメージと違ったり少しでもずれたりすると、全部修正ペンで消されちゃうんですよね。2時間くらい頑張って書いたものも、「違う違う」って全部消されたりして。笑
最初は、コミュニケーションがそもそも取れていないっていうか、何を求められてるのか全く分からなかったし、向き合えていない感じでした。
でも、たまたま自分が怪我をした時に、真っ先にその子が絆創膏を持って来てくれて「あれっ」と思ったんです。ちゃんと彼の思うような線は引けてないけど、彼には私の想いが通じてたんじゃないかって。その出来事を境に、こちらからもっと寄り添ってあげるようになりました。するとやっぱり、色々彼の考えもわかるようになってきたんです。
修正もかなり減って、「あ、これでいいんだ」って思ったんですね。
――(編集部)それが原体験となって今の支援の形になっているんですね。
大平:はい。一人ひとり何が得意なのかなとか寄り添って作品を作ってくと、やっぱり絵のクオリティも上がってくる。ただ、こちらが「ここは絶対こういう感じが良いよな」と思ってもそうはならないんです。さらに想像を超えてくる作品を作ってくれるから凄く楽しい。
私のやることは作品を昇華させるお手伝いですね。アーティストたちの創造性を発揮できるようなアシストというか。そして、それをちゃんと販売して、それが本人たちに経済的に返ってくるっていうのは積極的にやっています。
「さをり織り」を通して持続可能な活動を体現
――(編集部)絵を描くこと以外には、どんな活動をしているんでしょうか?
大平:今は「さをり織り ※1」に取り組んでいますね。川崎フロンターレののぼり旗など、地域の廃材を再利用させてもらったりして、川崎駅北口で展示もしてるんです。これも持続可能な活動にするために、studioFLATのアーティストが織った生地を素材としてハンドメイドアーティストの方に製品化をしてもらい、クオリティの高い製品として販売してます。あとは、購買型のクラウドファンディングも始めてますね。
※1:色や織り方、織り機、素材など制約が無い織物。均一性やパターン化から抜け出した自由な織り方。
――(編集部)面白い取り組みですね。以前、この企画で取材させていただいた三浦理事長もこの活動を支援されたとか・・・?
大平:これって本当に色々な方々が関わって、廃材から一つ4mくらいの織物ができるんですよ。それがさらに展示や製品になるっていうので、川崎市産業振興財団の三浦理事長からSDGs大賞の特別賞をいただいたりしました。笑
テクノロジーとアートの融合
――(編集部)この活動を通して大切にされていることはなんですか?
大平:やっぱり、信頼関係ですかね。僕が裏切らない限り、本当に信頼してくれてるんですよ。大人になってからそういう関係って、なかなか無いじゃないですか。本当に自分が寄り添っていれば、信頼してくれる。ちゃんと才能のある人だっていうのをわかってあげるだけで、「私のことをわかってくれたんだ」って心を開いてくれてるような気はしますね。
そして、実際にこうして製品になると「これを○○さんが作ったんだ」って周囲の人たちにも凄さがわかってもらえるから、それもまた楽しい。
――(編集部)とことん「寄り添う」ことが大切なんですね。それでは最後に、これから将来を見据えて取り組みたいことなどはありますか?
大平:新しい県立支援学校が幸区にできるので、FLATの新しい場を作り、さらに素晴らしい才能あるアーティストを発掘育成できるようにできればと考えてます。
あとは、AIですね。これからAIが伸びてアートのスピードやクオリティも上がってくるとは思うんです。そうなればなるほど、障がいのある人たちの作るアートの需要というか、やってることの難しさが注目されるんじゃないかと思っています。AIが真似できないようなクリエイティブな発想力や視点が、やっぱりアートには必要だと思うんです。もしかしたら、積極的にAIがお金を払って彼らのアートを学ぶような時代が来る気もしています。
――(編集部)たしかに、あまり考えたことがありませんでしたが、言語でも理論でも表せない感情的な創作ってAIにはできないですよね。
大平:テクノロジーとアートって、多分これからどんどん融合してくると思うんです。もう今は全く想像がつかない何かが絶対起こると思っていて。
だから、やっぱり未来は明るいと思いますね。
◆インタビュー・文:和合大樹 Wago Taiki