「新城マガジン」では、武蔵新城を多くの人に味わってもらいたいと、新城の人やお店を発信しています。多摩川を渡った川崎市、唯一通っている路線は南武線。なんだか懐かしくて肩の力が抜ける町です。運営:新城WORK
「せせらぎ遊歩道」沿いの道から一本路地に入ると、どこからかいい香りが。今回の目的地は、左側に見えるマンションの一階に入っている洋菓子店「toi・toi・toi」。可愛い犬のマークが目印です。
今回は、オーナーのとだよしえさんに、とださんにとってのお菓子づくりや、お店をオープンするまで、お菓子に対する想いについてお伺いしました。
北海道の製菓専門学校を卒業、製菓衛生師の資格を取得。その後は洋菓子店で働いた後、他の仕事をしながらお菓子教室などを開催。旦那さんの仕事の関係で武蔵中原に住み始め、その後武蔵新城へ。2019年、武蔵新城に「toi・toi・toi」をオープン。4人ご家族
お菓子づくりは「呼吸をするように当たり前のこと」
―――お菓子づくりはいつから好きだったんですか?
とださん「本当に小さいときからかな。私の母親がとにかくなんでも作る人だったのね。私が小学校6年生のときに、家にビルトイン型のオーブンが設置されて、本を見ながらスポンジケーキとかシュークリームとかいろーんなものを作って、洋菓子づくりに目覚めたの。料理も好きだったから、小学校6年生の頃から『今日の料理』を定期購読してた(笑)『作る』ことが、とにかく好きだったんだよね。どうせ作るんだったらおいしいものが食べたい、じゃあどうしたらいいんだろうっていうのを常に考えてた。」
―――でも、製菓の専門学校を卒業されたあと、他のお仕事もされていると思うのですが、そのときはお菓子づくりとはどのように関わられていたんですか?
「お菓子づくりは仕事でなくてもなんらかの形でずーっと続けたいと思っていたから、友だちに頼まれたり、自宅でお菓子教室を開催したりして続けていて。自分にとってお菓子づくりは、趣味とか生きがいとかじゃなくて、呼吸をするように当たり前のことだったのね。だからこそ、仕事にしたいと思っていなかったの。」
―――好きなことを仕事にしたい、となることが多いと思うのですが、あえて仕事にしなかったんですね。
「逃げ場所、というか息抜きがなくなるから、仕事にしたいと思わなかった。仕事っていうのは、自分がお店を経営するっていうことね。なんでも極めちゃう性格だから、仕事にすると自分が潰れちゃうだろうなって思って。どこかに勤めるのであれば、仕事が終わって『お疲れ様でした』って家に帰ればもう関係ないじゃない?それだったらよかったんだけど、自分で店をやるとなったら、制限なくやっちゃうから、私にとっては危険だなって。今まさにそうだけど(笑)」
―――その危険というのは実際に…?
「危険です(笑)みんなに注意されてる、休め休めって。例えば、1週間で90時間から100時間くらい働いている。去年は2回、おととしは1回骨折ってるしね(笑)」
―――骨ってそんなに折れるんですね!
「動きすぎ、休まなさすぎ、運動不足と栄養不足なのかな?あと、完全な骨粗しょう症。必要な栄養を摂らないで、お菓子を作っちゃうから、骨がぼろぼろすかすか(笑)このような仕事の仕方ではいけない、と改善していくのが今年の課題であり目標です。」
―――それでも、お店を始めることにしたのはどうしてなのでしょうか?
「趣味でお菓子づくりをしているときに、周りの人に『よしえさんのお菓子をまた食べたい』ってたくさん言われていて、そんなに言ってもらえるなら、お店を出そう、と。」
『toi・toi・toi』の由来はドイツのおまじない
―――toitoitoiっていう店名の由来はなんですか?
「ドイツ語の『うまくいくよ』っていうおまじないなのね。専門学校に通っているときヨーロッパの研修に参加したんだけど、そこに来てくれたドイツ人のマイスターとお昼かなにか一緒に食べてたときだったかなあ、『お菓子屋さんとしてやっていけるか自信ないんですよね』って話をしたら『ヨシエ、toitoitoi』って言葉をかけてくれて。『これはドイツに古くからあるおまじないで、いいことあるよって意味なんだよ』って教えてくれて。だから『食べた人がいいことあるように』っていう想いを込めてお菓子を作ってるの。」
―――わぁ、素敵。
「最近土日はお客さんが多くてなかなかゆっくり話す時間をとれてないんだけど、愚痴や悩みを話しに来てくれるお客さんや、中にはメールで『ちょっとご相談したいことがあるんですけど、今日閉店後にお時間いただけますか』って連絡くれた人もいらっしゃるの(笑)楽しいときやうれしいときはもちろん、心に秋風が吹いたときにも来てもらって、『あ~、ここで話せてよかった』って思ってもらいたいなって。」
甘いものは「心の栄養」。日常的に買いに来てほしい
―――toitoitoiさんのお菓子、比較的リーズナブルな方だと思うんですが、大丈夫なんでしょうか…?
「そうだねえ。お客さんに『こんな安い値段で売っちゃだめだ』って怒られる(笑)もちろん、私もしっかり稼がないといけない、生活していくために利益を得ないといけないって思ってる。だけど、私が売りたいのは、気取ったお菓子じゃなくて、生活に寄り添うおやつなの。」
―――気取ったお菓子ではないお菓子。
「『ハレとケの日』ってあるじゃない、ハレの、お祝いとかうれしいことがあったときだけじゃなくて、日常的に買ってほしいと思ってて。単価500円以上とかだと、毎日は難しいじゃない。小学生がお小遣いを握りしめて『どれにしようかな』って迷いつつ、買ってくれる姿がうれしいのよね。」
―――確かに、洋菓子ってお祝いのときに買うことが多いですよね。
「お菓子って心の栄養だと思う。『ああ~疲れたな』っていうときに甘いものを食べて、心が喜んで、疲れが癒されることってあるじゃない?もちろん、とっておきのみんなでお洒落をしてお祝いするときのお菓子を売ってるお店も必要だけど、私はそうじゃなくて、もっと隙間の毎日のちょっとした喜びに、生活に心に寄り添うお菓子を作りたいなって。」
魂を込めてつくったカヌレと、季節を感じられるお菓子たち
―――一番人気はカヌレですよね。ちなみに、なぜカヌレなのでしょうか?
「カヌレは、本当に泣きながら組み立てたレシピなの。前に勤めていたお店のオーナーが『カヌレを食べたい』って言うから、つくることにしたんだけど、本当に気難しいお菓子でね、ネットで見てもいろんな人が失敗してる。自宅で何回も試作と失敗を繰り返して、夜も寝ないで本やネットでずーっと探して、レシピの共通項を引っ張り出してきて、の繰り返し。粉や卵、ラムバニラの割合、お砂糖や型の種類、焼くのもガスか電気かとか、色々な要素を調整しながらつくったんだよね。」
―――そこまでカヌレにのめりこんだのは何でだったんですか?
「お菓子づくりを趣味でやるのか、仕事でやるのかの踏み絵だったと思う。趣味でやるんだったら『こんなに失敗するんだったらいいや』で終わりでもいい。でも『食べたい』って言ってくれるお客さまがいる、『仕事は自分がやりたくない、難しい、それだけでやめてはいけないことなんだよ』っていうのを、カヌレをちゃんと仕上げることによって、自分が正しているんだと思う。実は、自分のお店を始めてからも、3回ほど配合や仕込み方を見直していて、まだまだ研鑽中なんです。カヌレと共に職人として成長していく…という感じかもしれませんね。」
―――ほかに扱ってるお菓子はどういうものがあるんですか?
「常に並べているスタメンと季節によって変わるものがあるんだけど、スタメンはシフォンケーキ、カヌレ、スコーン、プリン、フルーツサンド、あたりかな。シフォンケーキこそ、日常に寄り添えるお菓子だなと思っていて、クリームも要らないしフルーツで飾らなくてもおいしいし、いろんな味に変えることができる、ちょっとしたおみやげにもできる。」
「季節によって変わるものはタルト系、ガトーショコラとか、月ごとかだいたい2か月に1種類くらい出していて、ほぼ前年のを踏襲しているかな。お客さんもそれを楽しみにしてくれていて、『そろそろ◯◯出ますか?』『そろそろ◯◯の季節ですよね?』とか言ってくださる方が多くいらっしゃって、そうやってお客さんがうちの商品で季節を感じてくれる。そういうのもうれしいのよね。」
実は甘いものが苦手!?
―――他にお店をやられていて、うれしいことはありますか?
「たくさんあるよ〜。甘いものが好きな人が美味しいって言ってくれるのももちろんうれしいし、『ここのでなきゃ食べられない』『今まで甘いものを美味しいと思えなかったんだけど、ここのは美味しい』とか、そういうことを言ってくださるお客さんが多くて、それが本当にうれしい。例えば、中学生の息子さんのバースデーケーキをご注文くださったお母さんが『息子が絶対toitoitoiのがいいって言うんですよー』とか『うちの主人は甘いものがまったくだめだったんですけど、ここのプリンは美味しいって言ってて』って言ってくれたり。」
―――甘いものが苦手な方でも食べやすいのはなんでなんでしょうか?
「たぶん、私が甘いものが苦手だからだと思う(笑)」
―――なんと!
「小さなときはもちろん、専門学校行ってたときは、1日10個とか食べてたよ。いつからか体質が変わっちゃって、自分のカヌレも3分の1食べたら精一杯。たぶん、甘いものを食べるときに分析脳が働いちゃうから、分析できたら終わり、なんだよね(笑)」
―――逆にお店をやってて大変なことって何がありますか?
「良くも悪くも『ワンオペ業務』で、自分の好きにできるのはいいのだけど、誰にも相談できないから、商品や業務のことを考えるときに『これでいいのかな?』と思うこともある。友だちや仲間たちに相談といっても、内部の事情が絡んでくるので話せないこともあるし、相談する時間が取れないというのもあるし。だから、全て自分で考え、判断し、結果にも責任を持たないといけない。孤独を感じる瞬間が一番つらいかもなあ。」
新城は『恩を恩で返す』まち
―――ここでお店を出すまではどういう経緯があるんですか?
「以前新城の居酒屋で手伝いをしていたときに、新城の経営者の方たちと知り合って、お店を出すと決めたときに情報を聞いたら、このテナントのオーナーの石井さんとつながって、物件を紹介してもらって、という経緯。」
―――そこから順調にお客さんはいらっしゃったんですか?
「オープンしたときも、居酒屋で知り合った人たち含めいろんな人が『ふらっと武蔵新城※』に投稿してくれたり、私の友だちが20数店舗にうちのチラシを置いてくれたりして、たくさんお花をいただいて、どこのスナックのママの誕生日だっていうくらいだった(笑)」
※武蔵新城の情報が投稿されているFacebookグループ
―――新城の人のつながりって、とてもあたたかいですよね。
「新城は、恩を恩、恩、恩で返すまちだと思う。倍返しで恩を返してくれる。絶対、恩を仇で返さない。もちろんそうじゃない、嫌な経験のある人もいるのかもしれないんだけど。今でも居酒屋に行って知り合いが行くと、横の人とやんわりつなげてくれて、そこからまたつながりが生まれていくこともよくあって。とにかく楽ね、みんな気取ってなくて。」
―――これからもおひとりでお店をやられていくのでしょうか?
「最近だと16時くらいには売り切れて店じまいをしてしまったりで、なかなかお買い上げいただけないお客様もいるから、営業日を増やしたり営業時間を伸ばしたりするために、人を雇った方がいいかなとかいろいろ考えたりもしたんだけれど。やっぱり私もお客さん一人ひとりと話したいし、私と話したくて来てくださる方もいらっしゃるし、自分一人でできる範囲でやっていくのを、お客さんには許してもらおうかなって思ってるかな。週4日しかない営業日を保ちながら、引き続き季節によって商品を変えたり、今焼き菓子も出し始めてるのでギフトを出したりはしようと思ってるけど、大きく発展していきたいっていうのはないな。現状維持していければ十分。」
―――骨を折らない程度に(笑)
「そうね、今年は病院行かない、それが目標かもしれない(笑)」
編集後記
撮影時も平日の午前中にも関わらず、次から次へとお客さんがいらっしゃっていました。残念ながらカヌレも売り切れていました…残念。(カヌレ狙いの方はFacebookページから予約や、タイミングを見計らっていくのがおすすめです!)
Facebookページを見ても、このお店とよしえさんの愛され感がとても伝わってくるほど、色々な方がコメントをしたりお菓子の予約をしたり。インタビューをさせていただいて、よしえさんに悩み相談をしにいく方の気持ちがとてもよくわかりました(笑)お店をオープンする前にはヤクルトの販売員として働かれていたときもあったそうで、色々なお宅に訪問する中で培った、コミュニケーション能力と人間関係構築力が活きているのかも?とお話しされていました。
甘いものに癒やされたくなったときはもちろん、心にひゅーっと風が吹いたときに、ぜひ足を運んでみてください^^
【定休日】月・火・水曜日
【営業時間】am11:00~pm6:00(売り切れ次第閉店。facebookを見てから行くのがおすすめです)
【住所】神奈川県川崎市高津区千年新町33-12 セシーズイシイ15 101号室
【facebook】https://www.facebook.com/toitoioyatsu
文・撮影:とやまゆか