中原区民も知らない地元の歌 あなたは「なかはらの歌」を歌えますか?

中原区には、なかはらの歌この街のどこが好き?」という歌があることをご存じでしょうか?

全国に名を轟かせる様な歌ではありませんが、中原区で幼少期を過ごした方なら一度は聞いたことがある・・・かもしれない、そんな歌です。笑

今回は、中原区民なら知っておきたい地元の歌、なかはらの歌この街のどこが好き?」を紹介します!

目次

なかはらの歌 「この街のどこが好き?」って、いつ、誰が作ったの?

なかはらの歌この街のどこが好き?」が生まれたのは2002年(平成14年)、中原区ができて30年の節目を記念して作られました。

市民公募によって選ばれた最優秀作品に、作曲家の寺島尚彦氏(1930-2004)が補作・編曲を加えて制作されました。

また、学校やサークルでも楽しめる様に合唱曲や吹奏楽曲にも編曲されています。

合唱曲に編曲したのは寺島尚彦氏で、吹奏楽曲に編曲したのは荻野松宣氏です。

寺島氏は洗足学園音楽大学の教授を務めており、数々の校歌や合唱曲を手掛けている方でした。

そして荻野氏も現在、洗足学園音楽大学の教授を務めています。天皇皇后両陛下傘寿奉祝曲「ともに歩まれて」や、平成天皇陛下ご在位30年記念曲「還幸啓」も作曲してる方です。

寺島尚彦氏 (『さとうきび畑』~風の記憶をたどって~ – 寺
荻野松宣氏 (荻野 松宣| 指導陣紹介 | 洗足学園音楽大学より引用)

なかはらの歌この街のどこが好き?」がどんな曲か気になる方は、こちらから再生可能です。

CD音源は中原図書館で借りる事が出来ます。

【歌詞】

この街のどこが好き?君なら答えはなに?

それは どこにでも 自転車で行けること

多摩川のそよ風に 緑の森はゆれて

ボールの響き 弾む歌声 水辺にとどろく今日も

この街は生きていく みんなの夢のせて 

小さな絆はやがて育つ 大きな樹に

この街のどこが好き?君なら答えはなに?

それは さまざまな ふれあいに出あうこと

知らない国の人と 友情の輪を結ぶ

桜吹雪 祭ばやし 豊かに季節はめぐる

この街は生きていく みんなの夢のせて 

小さな絆はやがて育つ 大きな樹に

この街に 新しい花を咲かせよう

この街の誇れるものを 伝えながら

香り沸きたつ 笑顔あふれる

この街の 明日

なかはらの歌「この街のどこが好き?」|中原区役所

親しみやすい印象のある、どこか懐かしさも感じるような曲ですね。

正直、私もこれを調べるまで全く歌えなかったので、中原区をPRしている者として、歌える様にしておきます・・・!笑

【楽譜】

メロディ譜

ピアノ譜

なかはらの歌「この街のどこが好き?」|中原区役所

実は身の回りに沢山ある?!「○制□周年」を記念した歌

今回紹介したなかはらの歌「この街のどこが好き?」は中原区が誕生してから区切りの良い時に誕生した歌ですが、このような経緯で誕生した歌は身近にあったりします。

最も身近なものでは、川崎市民の歌「好きです かわさき 愛の街」です。

ゴミ収集車が周ってる時に流れるメロディーが川崎市民にとって耳馴染みの歌となっていますが、この歌は1984年に川崎市制60周年を記念して作成されました。

フロンターレの試合でも歌われる、まさに市民に最も親しまれてる歌ですね。

あわせて読みたい:市民なら誰でも知っている「あの歌」を大合唱-川崎フロンターレの苦難と栄光の歴史 合言葉は「チームづくりと街づくり」|なかはらPR

他にも「川崎市歌」は1934年に市制10周年を記念して作成されました。

この歌は多くの市立小学校で歌っていたり、川崎駅における南武線の発車メロディーとして使用されているなど、中原区民の方でも一度は聴いたことがある歌です。

身近な歌でも、□周年記念で作られてる歌は探せば見つかるかも?

あわせて読みたい:川崎市中原区の歴史 徳川家の拠点?!人口増加率No.1エリアの成り立ちとは | なかはらPR

参考:川崎市中原区:なかはらの歌「この街のどこが好き?」

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